慶應キック
「カナダでは大麻が合法化されたんだって」
自分の名前を表すかのように、いつもはるか遠い国の話ばかりする彼女は、また縁遠い国の話を始めると、クシャクシャになったタバコに火をつけた。
ボクと一緒の時にしか吸わないから、長いことカバンに入れっぱなしだったんだろう。そういえば、最後に一緒にタバコを吸ったのは先週だった。
「そうなんだ。いつか日本でも吸えるようになるかな」
「そうなったら少しは自由になれるかもね」
ほとんど肺に入っていない煙を吐きながら、彼女は言う。そんなタバコの吸い方をするのなら、大麻だって大した効果を彼女にもたらさないだろう。自由になるには深く、深く吸い込む必要がある。
「大麻は人を自由にしない。大麻に縛られるようになるだけさ。麻は縄の原料だからね」
「ふぅん。そんな縄なら燃やしちゃったら、すごく気持ちよくなれそう」
「身体中大火傷間違いなしだけど、きっとそんなことが気にならなくなるぐらい気持ちいいんだろうね」
「痛みと死と快感でぐちゃぐちゃになれる。いつか、そんなふうに生きてみたい。いや、死んでみたいの間違いかしら。」
「どっちが生で、どっちが死かなんてわからないよ。少なくともボクは今、死んでいるみたいなものだし」
「そうね。わからない。生きる前に死ぬなんてことも出来るかもしれない。私達は、それを今試そうとしている」
彼女は服をめくった。まだ、命が宿っているとは信じられないほど、すっきりとしたお腹だ。
「さあ、どうぞ」
ボクは彼女の腹を蹴った。
肉を挟んだ命へと、つま先を突き立てた。
少しは気持ちよくなれるかなと思ったけど、ただただ骨に当たった小指の痛みが残るだけだった。
もし、これで小さな命が消えたらなら、きっとその命の方が何倍も気持ちよくなれていたんだろう。
その気持ちよさをしれるのは、ボクにとっては、はるか未来の話になりそうだ。